こころざし

2010年10月11日 07:00
            

 

  先週の土曜日(10月2日)まで、ものづくりシンポジウムが日向・延岡で行われていました。 
 全国で一橋大学の関先生の提唱する私塾を開催している“ものづくり若手経営者”が一堂に集まって、交流をしました。とっても元気な方ばかりでした。そして、事業に対して並々ならぬ熱意を感じました。
 
 北海道、岩手、山形、新潟、富山、茨城、東京、島根、岡山、熊本、から、この宮崎の地まで、ものづくりシンポジウムに参加するために、足を運んでくれました。9月30日に日向で行われたサミットでは、それぞれの地域が抱える問題点を出し合い、共通の課題としてとらえて、その解決策をブレインストーミング方式で出し合いました。8グループに分かれてそれぞれの課題について討議をしました。どのグループも活発な議論が交わされていました。
 
 その後、懇親会、2次会、3次会、・・・と、翌日にシンポジウムが行われるにもかかわらず、交流を深めました。今回が6回目ということもあり、全国の方々がとても強いつながりをもっている事を感じました。お互いの事を良く知りあっている様子でした。まさに関先生のおっしゃる全人格的な付き合いをしていることに驚きました。 
 
最後の締めに桝元の辛麺を食べていた時の事です。先に食べ終わっていた熊本の3人組が挨拶をしてホテルに帰ろうとすると、墨田から参加していた経営者が、「どうして、帰るのよ! せっかく先生もいるのに、交流しないともったいないよ!」と、残って話をするように、と誘いました。それでは、と残った熊本組。関先生と話をするうちに、なんと、関先生が数十年前に、熊本の製造業を元気にしようと一緒に動いていたのが、その熊本組の経営者のお父さんだった、という事がわかりました。関先生も懐かしそうに、あなたのお父さんはいい人だったよ。あなたの会社も九州一の板金屋さんだったね。がんばってね。と繰り返し、思い出を語っていました。
 
各地のものづくり経営者が、情報を交換し合い、刺激をしあって、お互いの会社にもどり、各地で元気に経営をする会員を増やしている関塾のあり方は、とても素晴らしく、全国の中小企業経営者を勇気づけるように思いました。
 
 経済環境や産業構造が大きく変わろうとしている時代ですから、先が見えず、迷ったり悩んだりしている経営者が多いと思いますが、大きな“こころざし”をもって、全国の仲間とともに未来を切り拓く、“つながり”を作っていきたいと思っています。
以上
            

 

 小学校の遊びといえば、まずビー玉遊び“天国と地獄”です。校庭に穴を掘り地べたに、這いつくばって遊んでいました。地面に、5か所の穴をあけて、線を一本引きます。一番上と一番下の穴に天国と地獄という名前がついていて、手でビー玉をはじきながら、穴を回っていきながら遊びます。なるべく早く順番通りに穴を回って、あがった後に無敵になって、相手にあてて、ビー玉を取っていく遊びです。穴を支点に左手と右手をつなげて、石をはじく姿勢が独特でした。手先の器用さも必要とされ、夢中になっていました。ビー玉をたくさん集めていましたね。
 
 陣取り合戦というのもありました。まず、四角に領域を線で描き、四隅に4人が陣を構えます。四隅の角から、手の大きさを半径とした円を描き、自分の陣地の起点を作ります。平たい石を選び、陣地から人差指で石をはじき、三回で自分の陣地に戻ってきたら、その軌跡が自分の陣地となります。これも手先の器用さと戦略が必要になります。
 
 パッチン(めんこ)も、集めていました。この遊びは、相手との対戦で、自分のカードを地面に打ち付け、風圧を利用して相手のカードを裏返せば勝ちで、自分の物にすることができるという遊びです。相手のカードの横に自分の足をおいて、より風圧をうまく相手のカードの下に入れるようにするのがコツでした。私の得意技は、カードの横に置く足(右足)と振り下ろす手(右手)が同じ側でした。(マニアックで分かりにくい!?!)
 
 田んぼ廻りというのもやっていました。地面に田の字を書いて、鬼は真ん中の十字の部分しか移動できません。鬼に捕まらない様に、田んぼの周りをくるくる回ります。鬼のすきをみて、隣の区画に走り込んでもいいし、区画の外側を3歩以内で大きく外回りをしてもいい、というルールでした。鬼が相手にタッチすると鬼に変わって十字の中に入っていくので、どんどの厳しくなります。相手のすきをうかがう注意深さと機敏さが必要な遊びでした。
 
 陣取りは今でもやっているかな?相手の陣地の基点(大きな木など)にタッチするか、相手を全て捕まえたら終わりです。一端自分の陣地にタッチをして相手を捕まえに向かいますが、相手より後にスタートした人の方が強くて、相手を捕まえる権利を持っています。鬼ごっこ形式で相手を捕まえたら自分の陣地につれてかえり、つないでいきます。だんだんと、陣地にお互いの敵の人間がつながれていきます。つながれた人の手を切ると助け出されて陣地に戻る事ができます。相手の動きを良く見て、全員の動きを把握しておくことがポイントです。
 
 とにかく、昔の遊びは、お金がかからず、体と頭両方をフルに使っていたような気がします。地域が違うとルールも違って、少しずつルールを作りながらやっていました。
 
 小学校では、5年生の時に卒業したての若い先生が担任となり、一緒に体を動かし、遊んでくれていたのを思い出します。
 その当時、一緒に遊んでいた、同級生“鮫”に色々な事を教わり、彼の影響で地元の塾に通い始めました。
 
 この続きは、また次回・・・。

中村文昭さんの事、その3

2010年10月 9日 06:30
            

 

中村さんの講演会を通じて、とっても熱い思いを語る人たちと知り合いました。大きな志をもって、活動をしている人たちがいる事を知りました。
 
 平成21年の7月1日に延岡で中村さんの講演会を開催してから、地域を元気にしたいと思って、積極的に動く方々と知り合いました。門川の古賀さん、延岡の二人の佐藤さん、などなど。その延岡の佐藤さんの1人が、平成22年7月3日、中村さんと大嶋さんのコラボ企画に乗り出しました。三重県出身で伊勢神宮とつながりの深い中村さんと大嶋さんのトークライブを、天孫降臨の地“高千穂”で行うという企画です。それぞれの単独公演と2人のトークセッションを行う贅沢な企画です。前年の経験を活かし、早めに取りかかり、ポスターやチラシを作成し、ホームページによる広告の準備も整い、チケット販売の準備万端となった、4月20日に口蹄疫が発生しました。
 
 無期延期を決定せざるを得ませんでした。チケットの払い戻しを連絡したところ、多数の方から払い戻しはいいから義援金に回してください、という有りがたいお言葉を頂きました。また、大分の方からは、せっかく中村さんのスケジュールを抑えているのなら、大分でやりませんか?というお話を頂きました。それからの実行委員長佐藤さんと事務局竹崎さんの行動が早かった。大分に出向いて打合せを行い、会場を抑え、大分で行う方向で動き始めました。大分と宮崎での合同の実行委員会が立ち上がったのが、開催日の1か月前、6月2日でした。口蹄疫チャリティートークライブとして、2000人収容可能な、大分文化会館大ホールで開催することが決まりました。
 
 大分で集まった有志の皆さんの熱い心に感動しました。宮崎のことはとても他人事とは思えない。九州は一つだ、講演会を行って得た収益はすべて義援金として、畜産農家さんへ送ろう。そういって一生懸命動いてくれました。その動きの目覚ましかった事、大分市内くまなくチラシを配り、声かけをし、メーリングリストで励まし合いの言葉が飛び交いました。 一生懸命思うがゆえに、時にはすれ違いで険悪な雰囲気になった事もありました。でもみんなが動いてイベントを成功させようという気持ちは一緒でした。
 
 実質チケットの販売ができたのは、たったの2週間でした。しかし、当日会場に足を運んでくれたのは、なんと700名近くに達していました。多くのスタッフが当日も動きまわり、来場されたお客様に細かく気を配り、チャリティーライブは大成功のうちに終了しました。
口蹄疫の現状を紹介するDVDに言葉を失い、中村さんの阪神淡路大震災での出来事の話に涙し、定番のユーモアあふれるお話しに声を出して笑い、会場は前向きに動き出そうという空気に満ちていました。中村さんからも講師謝礼はすべて義援金に回して下さいという発言も飛び出し、義援金として使える収益は、びっくりするくらいの金額となりました。
 
 中村さんの講演会はとっても不思議です。いつも自分達の地域のために何かしたい、自分から動き出さないとなにも変わらない、と思う人たちが集まってきます。そして、その輪がいつの間にか広がっていきます。この時の大分の実行委員のみなさんと共通の知り合いがいることもわかりました。不思議な縁を何度も感じました。
 中村さんから広がる縁の話は、この後も続きます。今日はここまで。     以上

ISOについて

2010年10月 8日 06:30
            

 

 我が社の取り組みで、大切なものの一つに「ISO」があります。ISOというものを導入する事によって、様々な事ができるようになりました。以前は、いろいろな事を社内で提案しても、1人1人が各々の価値観で受け止めるために、意識の高い人だけしか行わず、全体に浸透するのにとても時間がかかっていました。しかし、ISOで“決まり事”としてみんなで決めた後は、やらざるをえません。なぜ、やらないといけないのか、という目的と趣旨も明確になります。
 ISOは、仕事のやり方の標準をつくって、みんなで守ることによって、会社の業務の質を底上げしていくというものです。最低限やるべき事を例外なく全員でやる、ということを仕組みで保証しているものです。
 
 “当たり前のことを、当たり前に行う”、という事は、当然のことのようですが、なかなかできません。個人個人の価値観で優先順位をつけたり、忙しいからという理由をつけて、後回しにしたり、今回はやらなくてもいいと勝手判断をしたり、してしまいます。みんなで守るべき基準だとして、定めたにも関わらず、です。我を出す事が個性だと考えているのかもしれません。自分の都合を考えて、お客様の立場に立って物を考える事が出来ていない証拠です。
 
 また、書類を作成する事がISOだと考えることも違っています。全ての業務の記録を取っていく事が目的ですが、それは、従来から使っている帳票や図面への記入でも構いません。決められたプロセスに従い、しっかり品質を維持できている事を確認して、記録を残していくことが重要な事です。ISOを始めたからいらない仕事が増えたというのは、ISOの本質を理解せず、形だけまねして行っているからです。
 我が社では、私の直属で品質保証担当者を置いています。そのシステムの構築から浸透まで、非常に根気のいる地道な仕事ですが、とっても重要な役割です。我が社にISOがしっかり根付いていくようにさらに力を入れて行きたいと思っています。
 
 しかし、ISOはあくまで社内の体制固めです。マーケッティングや営業という、仕事を生み出したり、見つけてくる事は、また別の機能です。この話は、また次回。
                              以上
 
            

 

 昨日は、倫理法人会のモーニングセミナーで話を致しました。日向市倫理法人会の児玉会長から、お話を頂き、ありがたく引き受けさせて頂きました。週1回水曜日の早朝6:00から行われるモーニングセミナーにほとんど出席できていない不良会員です。しかし、朝早くから大きな声で挨拶をし、倫理法人会の“万人幸福の栞”を唱和することは好きで、いつも参加したいという気持ちでいます。倫理法人会の考え方も気に入っています。私にとっては非常に納得できる考え方ですが、実践するとなると話は別で、できていないことの方が多いなと反省する事がしばしばです。ついこれまでの習慣で考えたり、行動をしたり、してしまっています。実践の大切さを痛感する毎日です。
 
 30分という短い時間の間に、色々な事を話そうと考えたために、内容の薄いものになりましたが、お話ししたかったのは一つでした。起こっている事象によいも悪いもなく、何事も自分の受け止め方次第で、素直に全てを受け入れればいい。すべて今の自分に必要な事だから、自分に起こっている。ピンチにするかチャンスにするかは自分次第、ということでした。
 
景気が悪い、国が悪い、誰が悪い、環境が悪いなどと考え、萎縮して動かなくなってしまっては、自分が変わり、チャンスを引き寄せてくる事はできません。万人幸福の栞の中に、「苦難は幸福の門」という言葉があります。
苦難は、生活の不自然さ、心のゆがみの映った危険信号であり、ここに幸福に入る門がある、とあります。全ての事を自分の外に原因があると考えるのではなく、自分の中に解決する答えがあると考える事が、自分が変わり、成長し、問題を解決する方法だ、と教えてくれているのだと思います。
 
 今は、大きな変革の時期だと思います。あちらこちらにチャンスが転がっていると思います。気付いて行動した者勝ちかな。
以上
 

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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