11月21日(土)、22日(日)は、日向市の駅前広場で、農商工連携・産業合同フェスタがおこなわれました。従来から行われている商業・産業祭り、農業まつり、そして技能祭りが合体して、産業合同フェスタとして行われるものです。昨年から、日向市駅まで広場で行われています。
 
 技能祭りの実行委員会では賛否両論です。日向市全体を盛り上げる為に、他の団体と一緒に人の集まるところで開催する方のもいいことだ、という意見。技能祭りの独自性が薄れ、本来の目的からずれて来ているから、従来通り技能センターで行う方がいい、という意見。どちらも真剣に祭りの本筋を考え、ものづくりの技能を多くの人に知ってもらいたいという思いからの意見ですから、十分に話し合いたい結論を見つけて行きたいと思います。
 
 技能祭りでは、できる限り“体験型”を増やしたいと考えています。バーチャルな世界で遊ぶことのふえた子供たち、物を作るのではなく買う事が当たり前になっている社会、その中で、すこしでも、ものづくりの楽しさと、技能を身につける事の素晴らしさを体験してもらう場にしたいと思っています。
 
 昨年同様、ロボットセミナーも開催しました。福岡のJAPAN ROBOTECの河野社長にお越しいただき、サッカー競技を行う自立型ロボットの製作を指導してもらいました。小学生から高校生まで11名が参加し、二日間にわたり、自立型ロボットの製作を体験しました。自律型ロボットとは、センサーと制御と駆動の機能を使い、自分で判断し、動くロボットの事で、ボールを自分で発見して、ゴールに向けてシュートを行います。ロボットの組み立てに加えて、プログラミングも行いますので、工作技法だけでなく、論理的な思考も必要とされます。昨年1日で行った課題を今年は2日かけて行いましたが、みんな四苦八苦しながらも集中して取り組んでいました。
 
 そして、2日目の15時30分から、いよいよサッカー競技です。ボールを見つけられずに、くるくる回っているだけのロボットや、壁に激突して動けなくなっているロボット続出ですが、しっかりボールを見つけ、ゴールへ向けて突進する優秀なロボットもいて、センサーの設定や微妙な調整の感覚の差が現れます。予選リーグから決勝トーナメントまで行い、優勝・準優勝が決まりました。
 
 これらのペアには何と、九州大会への出場権が与えられます。日向市で行っている大会が宮崎県予選です。商品は、キック機構と地軸機構です。より高度な技ができるパーツです。
 
 この大会を通して、小さいうちからものづくりの楽しさと技術への親しみを持ってもらえる事を願っています。今回のロボットセミナーは日向市の中小企業振興会議のおかげで、実現しましたが、これから、なが~く続く大会としていきたいものです。そして、いつか日本を背負って立つロボットエンジニアが生まれるといいな!!
以上
            

 

“こころざし”平成20年10月分課題レポートは、新渡戸稲造氏の「武士道」でした。その時に提出した私のレポートを以下に掲載します。
 
 武士道の翻訳本を以前購読していましたので、その本を再度引っ張り出してきて読みました。そこで、塾長から指定された本は、矢内原忠雄さん訳のものであり、わたしのもっている奈良本辰也さん訳のものとは違うことに気づきました。奈良本さんの解説には、「矢内原さん訳の「武士道」はその高雅な文体と原著の味わいを極力生かした名訳は、第1級の古典として恥じないものである」と書いてあります。しかし、今回は時間の制限から奈良本さん訳の武士道を読んだ感想を書かせていただきます。
 
1.死に様と生き様
 武士道における生きる勇気と死ぬ勇気という文章があります。武士道といって、連想する言葉にサムライとハラキリがあります。ハラキリが許されなくなった現代において、逆に人の命というものが軽く扱われるようになった気がします。人は、その生を全うするときにその人の人生が全て凝縮されるといいます。また、その人の死は残された人に何かを伝えるために最も適したタイミングで訪れるともいいます。そういう意味で、武士がみずからの罪を償い、過去を謝罪し、不名誉を免れ、朋友を救い、自らの誠実さを証明するという切腹という制度が存在したことは武士に最後の名誉を与えるものだったのかもしれません。一生を通して肚を練磨した義勇を大切にする武士らしい制度であったと思います。また、死を意識することで、充実した生を送れたのではないかと考えます。
 
2.私たち日本人が忘れてしまった大事なこと
 本書の序文に、新渡戸稲造氏がベルギーの法学者に「宗教がなくて、どのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか?」と質問をされたとの記述があります。まさに、現代の日本で憂うべき問題がここにあると思います。社会生活を送る上で守るべき規範や道徳をどうやって教えていくのか?私達が真剣に考えるべき最大の課題だと思います。法律に触れなければ問題ない。あるいは、見つからなければ、何をやっても良い。という考え方が、いかに数多くの問題を引き起こしているか。
 皆さんもご存じかもしれませんが、第2次世界大戦後のアメリカの占領政策で3R5D3S政策というものがあると安岡正篤氏がいっています。3Rは対日占領政策の基本原理で復讐・改組・復活のこと、5Dは重点施策で武装解除・軍国主義の排除・工業生産力の破壊・中心勢力の解体・民主化のこと、3Sは補助政策でセックスの解放・スクリーン・スポーツのことで、日本の国力を非常に恐れていたアメリカが日本を弱体化するために企てた戦略といいます。この時に歴史的・民族的な思想や教育の排除や教育勅語の廃止も行われたともいいます。忠義や親孝行を尊ぶ思想も消えていったのではないかと思います。人の倫を説く教訓を学ぶ機会を私たちは自ら失ったのではないでしょうか。今一度私たちは、道徳について学びなおし、善悪の観念を取り戻さなくてはいけないのではないかと思います。「武士道」は、それを思い出させてくれました。
 
3.何のために生きるか。如何に生きるか。
 中村文昭さんという方の講演を聞きました。クロフネカンパニーという会社の社長さんです。講演の中で、いつも「何のために」を考えて行動しよう、という話をされました。“頼まれごとは試されごと”という意識で人の予想を上回る仕事をするうちに、その人にしかできない役割を与えられ、夢や目標が見えてくる。ということをおっしゃる人です。何のために生きるのか?如何に生きるか?を突き詰めて考えることなしに、今さえ楽しければいいと考えて生きている人が増えてきたような気がします。
最近、自分に与えられた役割を全うした人生を送りたいと考えることが多くなりました。
 
 自らの役割を全うし、次世代に繋ぐ生き方をしたい。
今の日本に危機感を抱いている人は、大勢いると思います。同時に、日本人の精神性や底力を信じ、精一杯動いている人もたくさんいます。いったん物質主義の社会に大きく振れてしまった日本の振り子は揺れ戻しがおきて、また日本古来から伝わるの大和魂や武士道等の精神性を取り戻すと信じています。
以上

社員への手紙 その11

2010年11月23日 07:00
            

 

拝啓
  立秋も過ぎ、朝晩はめっきり肌寒くなりました。
 特に今年の夏は暑さが厳しかったこともあり、急激な気候の変化で体調を崩しやすい時期です。
 夏ばてなどしないように、お体には十分お気をつけください。
 
日本ハムの子会社による食肉偽装事件が発覚してから、流通や外食チェーンを中心に原料の仕入先を日本ハムから切り替える動きが活発化しています。スーパーからも日本ハムの製品が撤去されるシーンがテレビで何度も放映されました。グループ全体の売上から言えば取るに足らない金額の補助金を不正に得ようとしたがためにグループ全体の存続にまで影響する事件に発展しました。我が社のお得意様である地元の食品工場と密接な関わりのある日本ハムですので、直接的・間接的にかなりの影響が出てくるものと思われます。
 
 そもそも、日本ハムは業界ではトップ企業で口蹄疫や狂牛病の後でも圧倒的な勝組みでした。特に商品の開発力や販売力はもとより、食品の安全性にも他社に先駆けて積極的に取り組んでいました。BSE発覚後すぐに納入する肉に安全性を証明する検査証を添付するなど、対応が早く情報提供も充実していたと言います。また保存料の使用も真っ先に中止したのが日本ハムでした。食品の衛生に関しても大きな投資をしてきました。原料調達の段階から、製造、物流の段階を経て店頭に並ぶまで、常に5度以下に保つ仕組みを作り、それまでの10度以下から管理基準を2倍に厳しくしていました。また製造工程で雑菌が付着するのを防ぐために、エアーフィルターの能力も引き上げていました。
 
 しかし、これまで長年続けてきたお客様の信頼を得る努力が一夜にして水疱に帰してしまいました。事件発覚後の事実関係に対する説明の不明確さと会社としての対処の仕方が世間の批判に拍車をかける結果となってしまいました。
 お客様との信頼関係を築き、継続していく。この点がなければ、お客様から必要とされなくなり、会社としての存在価値が失われるということを雪印に引き続き、目の当たりにしました。
 
 信頼を築くのに手っ取り早い方法はありません。やるべきこと、守るべきことを地道にひたすら続けることしかありません。地域社会で必要とされる会社でありつづけるために、原理原則を大事にし、当たり前のことを当たり前に実行する努力を続けていきましょう。
敬具
 
 実は、今日は私と家内の誕生日です。勤労感謝の日が、2人の誕生日です。毎年国民の休日で、会社も年間スケジュールではお休みです。国民の休日が軒並み連休を作るために日付が変わっているのに、なぜか、勤労感謝の日だけは、この日から変わりません。
 アラ50ですが、これからもっと自分と伴侶の人生を輝かせていきたい、と考える今日この頃です。
以上

てんつくマンの言葉

2010年11月22日 06:30
            

 

 先日、延岡にてんつくマンがきました。“てんつくマン”って、誰?という人も多いかもしれません。テレビに出たり、雑誌に取り上げられたり、する、いわゆる有名人ではないので、知らない方がほとんどだと思います。
しかし、多くの若者へ強烈なメッセージを伝え続けているとっても魅力的な方です。環境問題等、日本や世界が抱えている様々な問題に正面から取り組み、自分達から動き、自分達から変わっていこうよ!と呼びかけている人です。
 
 “てんつくマン”っていう名前が変ですが、これも意味があります。死んでから天国に行くのではなく、生きているうちにこの世を天国にしたい、“天国を作る男”という意味です。これまで、2本の映画を作っていますが、これは、映画配給会社が上映するものではなくて、てんつくマンの考え方に共感した人たちが、自分達で呼びかけ、会場を設営し、すべての準備段取りをして、地元の公民館などで上映会を開く形で、全国で上映をしています。この映画が、とっても感動する内容です。
すべてドキュメンタリーで、自分達が困難と思われることに挑戦し、多くの仲間とそれを乗り越えて行く様子を記録したものです。実は、我が社の会議室でも予告編を上映した事があります。
 
 そのてんつくマンが、延岡のさくら園の創立35周年記念式典で、講演をしました。てんつくマン自身が実践してことが中心に話が進んで行きました。
中国に植林に行った話、アフリカに植林に行った話、1ヶ月間毎日フルマラソンをした話、いずれもまわりの人に“無理だ”といわれる中で、肚を括って挑戦をし、色々な人の協力をもらいながら、達成をしてきた話がありました。
 
それに加えて、これまで様々な人から学び、気付いた事もユーモアを交えてお話をされていました。 記憶に残った言葉を書き留めておきます。
 
 ・ 絶対やると覚悟をする(肚を括る)と、ミラクルが起こる。
 ・ 自分が一番いやな事をやる、絶対無理と思うことに挑戦をする、と自信がつく。
 ・ 頭、心と体はつながっている、しんどいと思うと辛くなる。
 ・ 人間は二つの事を同時に考える事はできない。
    苦しさにとらわれない。○○してはいけないと考えるととらわれる。
 ・ すべての事はただの出来事、自分の受け止め方次第。
    いやだなと思う事も、その事にどういう意味があるのか?と考えると
気付きにかわり、それをみんなで乗り越えた時に絆に変わる。
       きず ⇒ きづき ⇒ きずな
・ ピンチは、成長するチャンス! こころを成長させるチャ~ンス。
    神様がくれた試練
 ・ 気持ちを切り替える “合言葉” 
    ピンチピンチ・チャンスチャンス・ランランラン
よくあること! よくあること!
    修行! 修行!
    まぼろし! まぼろし!
・ 人は、食べ物だけで生きているのではない。
・ 自分の力をあなどるな。
・ 人はパズルのピース、 助け、助けてもらおう。補い合うようにできている。。
    弱さは、助けてもらうためにへこんでいる。
・ 子供たちに残すべきは、スピリット。
    挑戦し、あきらめない姿。
 
 自分は、自分のやるべき事、やりたい事を、人の批評や中傷を気にせずに、こつこつと続けて行こう。改めてそう思った講演会でした。さくら園のみなさん、すばらしい講演会を企画していただき、ありがとうございました。
以上
            

 

 熊大には昭和56年に入学しました。事前に両親と熊本を訪れ、下宿を探しました。すこし大学から離れた、薬園町というところに決めました。大学から歩いて約10分のところにあり、子飼商店街のすぐ近くです。有働さんというお宅の下宿ですが、家の横に2階建てのアパートを建て、10名程度の学生を受け入れていました。
 結局4年間お世話になる事になりますが、賄い付きで、食事の後はすぐ横のソファーでくつろげるなど、快適な学生生活を送らせて頂きました。
 
 工学部機械系には、二つの学科がありました。機械工学科と生産機械工学科です。機械工学科は、熱力学、流体力学、材料力学等に基づいた基礎的な勉強、生産機械工学科は、切削、加工、システム等、生産技術に関する勉強をする学科でした。私は、生産機械工学科に入りました。
 
 しかし、あまり一生懸命勉強した記憶がありません。大学時代の思い出は、部活動やイベントが中心です。そもそもの始まりが、入学式でした。市民会館で入学式を終えた後、バスで学内まで戻ると、多くの先輩方がバスから正門まで並び、部活の勧誘をしていました。その時に誘われたのが、少林寺拳法部でした。
 漠然と武道系に入りたいという希望はありましたが、そのときはまだはっきりとは決めていなかったため、やりすごして、下宿に入りました。すると、そこにいた先輩の1人が、機械工学科3回生で、少林寺拳法部でした。自然な流れで、少林寺拳法部に見学に行きました。これも何かの縁か、と少林寺拳法部にそのまま入部をしました。
 その先輩の名前は、西先輩といいますが、この先輩とはそれから、就職までつながっていく、腐れ縁となります。いずれにしても、部活の先輩は、どの先輩方も元気よく、かっこよく、大人に見えました。
 
4月の間は、新入生の目につくように、わざわざ工学部の芝生で練習をし、また、とっても優しく指導をしてくれました。ところが、それから、大変な部活生活が始まります。それまで、怠惰な受験生活を行っていましたので、体がなまっていた事もあって、体のあちこちが悲鳴を上げていました。
また、部活にも慣れてきた5月は、体力強化月間で、走り込みや筋トレ中心のメニューで、毎日部活中心に回っているようでした。おまけに、熊本の梅雨や夏は異常に湿度が高く、2重の意味で体が慣れるまでに、苦労をしました。
 
 少林寺拳法部も、いわゆる体育会系ですから、上下関係も厳しくしつけられました。学内で、先輩の姿を見かけると、合掌をして大きな声で挨拶をしなくてはいけませんでした。飲み会がある場合は、先輩方よりも早く会場に行き、入口の両サイドにならび、合掌と大きな声での挨拶です。とっても特殊な世界ですが、年長者を敬い、立てるという事を理屈抜きに教えてもらったのは、よかったと思います。
 
 熊本大学自体にバンカラの気風が残っていましたので、硬派な雰囲気の中で学生生活を送る事が出来たのも、とってもいい思い出です。
 
大学編、まだ続きます・・・                    以上

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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