熊大には昭和56年に入学しました。事前に両親と熊本を訪れ、下宿を探しました。すこし大学から離れた、薬園町というところに決めました。大学から歩いて約10分のところにあり、子飼商店街のすぐ近くです。有働さんというお宅の下宿ですが、家の横に2階建てのアパートを建て、10名程度の学生を受け入れていました。
 結局4年間お世話になる事になりますが、賄い付きで、食事の後はすぐ横のソファーでくつろげるなど、快適な学生生活を送らせて頂きました。
 
 工学部機械系には、二つの学科がありました。機械工学科と生産機械工学科です。機械工学科は、熱力学、流体力学、材料力学等に基づいた基礎的な勉強、生産機械工学科は、切削、加工、システム等、生産技術に関する勉強をする学科でした。私は、生産機械工学科に入りました。
 
 しかし、あまり一生懸命勉強した記憶がありません。大学時代の思い出は、部活動やイベントが中心です。そもそもの始まりが、入学式でした。市民会館で入学式を終えた後、バスで学内まで戻ると、多くの先輩方がバスから正門まで並び、部活の勧誘をしていました。その時に誘われたのが、少林寺拳法部でした。
 漠然と武道系に入りたいという希望はありましたが、そのときはまだはっきりとは決めていなかったため、やりすごして、下宿に入りました。すると、そこにいた先輩の1人が、機械工学科3回生で、少林寺拳法部でした。自然な流れで、少林寺拳法部に見学に行きました。これも何かの縁か、と少林寺拳法部にそのまま入部をしました。
 その先輩の名前は、西先輩といいますが、この先輩とはそれから、就職までつながっていく、腐れ縁となります。いずれにしても、部活の先輩は、どの先輩方も元気よく、かっこよく、大人に見えました。
 
4月の間は、新入生の目につくように、わざわざ工学部の芝生で練習をし、また、とっても優しく指導をしてくれました。ところが、それから、大変な部活生活が始まります。それまで、怠惰な受験生活を行っていましたので、体がなまっていた事もあって、体のあちこちが悲鳴を上げていました。
また、部活にも慣れてきた5月は、体力強化月間で、走り込みや筋トレ中心のメニューで、毎日部活中心に回っているようでした。おまけに、熊本の梅雨や夏は異常に湿度が高く、2重の意味で体が慣れるまでに、苦労をしました。
 
 少林寺拳法部も、いわゆる体育会系ですから、上下関係も厳しくしつけられました。学内で、先輩の姿を見かけると、合掌をして大きな声で挨拶をしなくてはいけませんでした。飲み会がある場合は、先輩方よりも早く会場に行き、入口の両サイドにならび、合掌と大きな声での挨拶です。とっても特殊な世界ですが、年長者を敬い、立てるという事を理屈抜きに教えてもらったのは、よかったと思います。
 
 熊本大学自体にバンカラの気風が残っていましたので、硬派な雰囲気の中で学生生活を送る事が出来たのも、とってもいい思い出です。
 
大学編、まだ続きます・・・                    以上

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プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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