松下幸之助さんの言葉

2010年12月 6日 06:30
            

 

松下幸之助さんは、言わずと知れた、一代で松下電器、パナソニックを世界的な企業に育て上げた、名経営者です。戦後多くの日本企業が世界で活躍をしましたが、経営も極めると哲学的な考えに至り、人間の本質の部分への理解が深くなるのだなと感じました。以下は、松下幸之助さんの言葉です。
 
『 素直な心とは、単に人に逆らわず従順であるということではありません。何物にもとらわれず、物事の真実と、何が正しいかを見極めて、これに従う心です。素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明に致します。
 素直に物が見える人は過ちが少ない。経営者はせめて素直の初段にならないといけませんな。
 
 もしも自分に知恵が無ければ、先輩に聞くとか、もしくは同業の競争相手にも聴く。
 殺音に心がみだれる、これがいかんですね。もちろん、雑音も聞かないといかんですよ。雑音を全部遮断してしまうとそれは独断になる。ただ雑音にとらわれないようにする。
 自然体やな。自然体の経営。頑固になるのはいけません。“鳴かざればそれもまたよしホトトギス”これや。
 
 私は知識もないし、力もないし、喧嘩をしたら負ける弱い男です。それが今日こうしてあるのは、自分の才覚もないとは言いませんが、それよりも、他人の意見から、いいというものを素直に取り入れた事です。
 また私は、非常に平易に物を見る、難しく物を見ないように、自分でいつも心がけているんです。
 
 とらわれた心を持ってはいかん。名誉にとらわれたり、世間の評判にとらわれたりしない。そういうものにとらわれないで、“笑わば笑え、自分は正しい道をゆくんだ”という強さがなかったらいけませんな。 』
 
 先日、北九州の経営者の方をお会いして、お話を伺う機会がありました。こう言われていました。「 経営者の仕事は、売上を作ることではない。売上が上がる仕組みを作ることだ、そのためには、動きまわって、様々なネットワークを作ることだ。経営者に大切なもの、それは、体力だ、いつも圧倒的な迫力を出せるような体力を持っていなくては、勝てない。」と。
 
 経営も、シンプルなものかもしれません。 体力と人間力で差が出るようです。
基礎体力を持ち、エネルギーのほとばしりが感じられるようなバイタリティーを発揮していれば、おのずと経営もうまくいくのかもしれない。テクニックやノウハウの前に、体力! そして、“強い思い”と“あきらめない気持ち”を持っていたいと思います。
以上
            

 

 工学部は、学内でも独特の雰囲気があったように思います。特に運動会シーズンになると、異様な空気が漂います。あちらこちらから聞こえる応援合戦の練習の声、工学部必勝の歌 (血をすすり♪、涙して♪、勝ちえし御旗濁世の最中燦たる光♪、見よや紅の旗頭♪、工友健児の意気の精♪、・・・)、旧制五校自体からの古き良き(?)伝統が受け継がれていました。
 
 運動会の前夜祭では、黒髪町の熊大から熊本城二の丸まで、羽織はかまに高下駄をはいて、腕組みをしながらゆっくりと行進をします。今時なかなか見られない硬派な姿です。その中で資源採鉱冶金学科はさらに独特なグループでした。なぜか頭をモヒカン刈りにして、赤褌を身につけていました。他がまともに見えます。
 
 以前は、熊大の学園祭は黒髪祭と呼んでいました。夜通しのコンサートや、出店で大いににぎわいました。アルコールが入って、当然のようにトラブルも発生し、私達武道系の部活は警備要員として本部に詰めていた事もありました。
 
 イベントごとや部活動で忙しい中で、勉学の方にもいくらかまじめに(?)取り組んでいました。 単位の取得が義務付けられていますから、期限が近付くと、真面目に出席するようになり、レポート・試験、に追われていました。もともと記憶力を必要とする科目はあまり得意ではなく、図書館通いをしてなんとかクリアをしていました。
 
 生産機械工学科だったので、実技もありました。鋳造・鍛造・溶接・機械加工、等々 加工技術を体験しました。その中で溶接が比較的得意だったかな? 
座学と実技で工業に関する様々な技能や技法を学んだ事は、日本のものづくりの魂を感じる事が出来たような気がします。
 
 卒業研究は、何だったか正確には覚えていません(^^;)
「 切削加工における、材料とバイトの関係??? 」だったかな?
ひたすら旋盤で材料を削っては表面粗さを分析して、データをまとめた記憶があります。
 
 また、当時はコンピューターも出始めだったので、シャープのMZ○○というカセットテープが記憶媒体のコンピューターがあるだけで、全てのレポートは手計算と手書きでつくりました。 ロットリングのペンなどを使いつつ、丁寧に発表資料を作りました。内容は薄かったかもしれませんが、手間をかけた分、思いがこもっていたなあ。
以上

九州アホ会

2010年12月 4日 07:00
            

 

 先日は、人吉の中小企業大学校で行われたトップセミナー終了後、博多に移動して、九州アホ会に参加してきました。各県のアホ県人会の代表が集まりました。宮崎からは、たまたま博多に行く事が出来た私が参加する事になりました。 九州各地から集まった、とっても元気な皆さんと交流をしてきました。
 
 アホ会って何か、よくわからないまま活動に参加をしています。 その中で、私が理解をしている、アホ会の基本的な考え方である、 「 人の言う事を絶対否定せず、お互いに応援し合うという精神 」は、この世の中を良くしていきそうです。 否定的な言葉で互いの可能性を潰したり、評論家的なことを発言するだけで実際は動かないよりは、実現できるかどうかは置いといて、夢や目標を語り、とりあえず動き始める人と、つながっていきたいと思っています。
 
 人の頭脳はとっても優秀にできているので、これまで、うまくいかなかった事をいちいち覚えていて、否定的な言葉を発してしまう。そうして自分にマイナスのイメージを植え付けてしまっている。と西田先生はおっしゃいます。
脳は思いを実現する、といいます。 自分はできると信じ、諦めない考え方をもつ脳の事を“アホな脳”といっているのだと思います。
 
今の日本に“どうせ出来るはずはない”、とさめた発言をする人が如何に多いことか。物わかりのいい、損得計算でしか考えられない、自分の事しか考えられない、そういう大人が、増えているような気がします。
 
 人は潜在意識で動いているから、思いを変えれば、自分を変える事ができる。本気の取り組みに限界無しと、素直に考えられる。いかなる困難があっても、ワクワクして挑戦し続ける。そういう人が集まる場が“アホ会”かな?と思っています。
 
 日本の将来のためにも、子供たちの世代のためにも、夢をかたり、挑戦する姿を見せられるようになりたいと思います。
 
 九州わくわく王国を通して、そういう人が集まり、互いに励まし合い助け合う場を提供している、エクサイトの山口夫妻の献身的な活動には、驚きます。
人のご縁を大切に生きる、動けば変わる、ということを実践するお二人には、頭が下がります。 私も自分にできる事を実行していきたいと思っています。
以上

3DCADの導入

2010年12月 3日 08:00
            

 

我が社では、3DCADの導入を進めています。
 
 2DCAD同様、3DCADも、様々なメーカーの物があります。 あらゆる業界のどの様な規模の会社にも適したものなどあるはずもなく、その仕様や価格など様々で、一長一短あります。 これまで、様々な3DCADメーカーのプレゼンを行っていただき、どのCADがいいのか? 検討をしてきましたが、なかなか進みません。実際に使ってみなくては使い勝手や特徴などもわかりませんので、当然の成り行きかもしれません。
 
 そうしているうちに時間ばかりが過ぎてしまいました。
 今年に入り、新規学卒者の就職応援プロジェクトが始まりました。就職率の低下に伴い、実業務の教育訓練を行う費用を行政が負担するというものです。
 3DCADの導入を検討していた我が社には、とても使いやすい支援措置でしたので、早速活用させて頂きました。
 
 パソコンやCADの教育を行っているアシストユウさんと3DCADメーカーPTCさんのご支援のもと、3DCADの教育プログラムをつくり、教育訓練を行ってきました。3名の研修性も頑張って3DCADの操作法をしっかり覚えてくれています。
 
 しかし、3DCADは、ただの設計ツールとは、考えていません。ただの作図装置と考えて、業務・経営改革のツールと考えなくては、もったいないと思っています。
 
 2DCADが導入された時は、手書きからコンピューターという道具の変化だけでなく、情報の共有や転用という意味からも大きな革新が行われたと思います。3DCADへの移行に際しては、図面や部品データを全社で共有し活用するという革新が伴われなくてはいけないと、思います。
 
 それだけに、導入には社内での意識の改革と共通認識が不可欠となります。
一部の人が持っていた経験やノウハウ、情報を組織で共有すること。勘と経験の職人技から、仕組みによる情報一元化や標準化と、レベルの底上げを実現するのが、システムを導入する利点だと思います。
 
3DCADにも、利点と欠点があります。あくまでも道具ですので、使い方によっては、毒にも薬にもなります。しかし、2DCADには、特殊な職人技があり、将来を見据えた時には、必ず3D化していくと考えています。 日本は、ものづくり力で激しく途上国に追い上げられています。 旧来の物にしがみつくことなく、変化にも果敢に飛び込んで行かなくては、グローバルな競争に勝てないと思います。 3DCAD化は、将来への種まきの一つと考えています。
早い決断と行動力、70%主義でいきたいと思います。
 
 
 
  明日は、我が社の望年会。若手実行委員会が準備中です。若い力はいいですね。
以上
            

 

 日向市の鉄工所3社で、共同受注グループを作っています。“ひまわり工業会”といいます。これは、宮崎県の産業支援財団に登録されている3つの共同受注グループの中の一つです。その3つとは、MIX、NEF、ひまわり工業会です。
 MIXは宮崎県の各地で活躍するものづくり関連の様々な業種が集まっている団体。 NEFは延岡の企業で展示会出展を中心に活発に活動をしている団体。 その中でひまわり工業会は、製缶業という同業種3社でつくっている、ちょっと変わった団体です。
 
それぞれが独自の活動をしていますが、年に1回3つのグループが集まり、交流会を行うことになっています。
どのグループもともに知恵を出し合い、力を合わせることで互いの企業のプラスになる事をしていきたいと、展示会に出展をしたり、受発注企業商談会に参加をしたり、という活動を行っています。
 
 私達、ひまわり工業会も、毎年商談会や展示会に参加をしています。ひまわり工業会という親会とは、別に“匠クラブ”という社員さんの会も作っていて、実行部隊として積極的に動くと共に、社員同士の交流を進めています。
 会の規約にもありますが、共同開発や人材育成、共同受注なども目指しています。発足当初、共同開発を目指してプロジェクトチームを作り、様々なアイディアを出し合いましたが、残念ながら、製品開発まではいきついていません。
 
 3社ともいわゆる製缶業で、産業用設備、自動化機械等の製作をしていますが、主な活動領域は若干違い、実質的な連携はできていません。合同で野安全大会の開催や教育訓練をおこなっているのが、主な活動です。しかし、将来はこの連携が相乗効果を生み出すようにしていきたいと思っています。
 
 さて、ひまわり工業会の会員企業であるアキタ製作所には、溶接コンクール全国大会に優勝者がいます。先日は日向マイスターの表彰を受けました。かれの実績はとても素晴らしいものです。日本全国から何千人という人たちが参加する溶接コンクールで優勝するためには、技能だけでなく、しっかりした考え方や、度胸、運、あらゆるものがかみ合わなくては達成できません。
 
 人材育成はとっても大事な課題です。職人として大事にすべき事を、ぜひ、次の世代に継承していってほしいと思います。
以上

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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