ある時、研究室で、バイクの免許を取る事がはやりました。
 
 私は、自動車の免許しか持ってなかったので、原付バイクしか乗れなかったのですが、周りに影響されて、免許を取りに当時の運転免許センターがあった松橋まで、何回も通いました。
 まずは、中型免許からです。お金がなかったので自動車学校に通わず試験場でとりました。これは比較的容易に取れました。2回くらいで合格をしたと思います。調子に乗って、そのまま限定解除だ!と、大型免許を取りに行きましたが、世の中そう甘くはありません。 何と、合格するまでに8回も通いました。それでも、周りがみんな合格をしているので、不思議とあきらめの気持ちは起きませんでした。いつかは合格するだろうと、通い続けました。
 
 さすがに、750ccのバイクになると、事前審査、急制動、一本橋、見通しの悪い交差点での小回り左折、どの課題も一発ではうまくいかず、ひとつひとつクリアする事を目指し、友達に大型バイクを借りて工学部構内の道路で課題を練習しては、試験場に通いました。そして、やっと8回目にやっと合格をしました。
 
 しかし、当分は、50CCのバイクに乗っていました。そして、念願のナナハンへ。 ホンダのCB750Fの中古車に乗りました。 低速域からスムーズな加速と安定感で、ほとんど上のギアを使うことなく、自分のような初心者にもとっても乗りやすいバイクでした。 でもじつは、このバイクの性能はすばらしく、そのうちの何%つかえていたのか? 下宿と大学の間を通うだけの、お買いものバイクとして乗っているような状態で、とってももったいない使い方でした。
 
 当時、バリバリ伝説が大流行りで、熊本の金峰山に走りに行っていた友達もいました。
巨摩郡や聖秀吉などの強烈なキャラクターに魅せられた若者がどれだけいたことか。 峠を攻める事はできませんでしたが、私も町中で少しだけライダーの感覚を味わっていました。
 
 もう少し年がいったら、大型バイクにゆったりと乗りたいな、と思う今日この頃です。
以上
 
 ところで、昨日は、ドリームプランプレゼンテーションの大会が東京のJCBホールで行われました。 すべての出場者の方が、感動的なプレゼンテーションを行いました。 それを聴きながら、いま自分に、それだけのプレゼンテーションができるのか? 自分は多くの人の共感を得る事ができるようなしっかりした夢や志をもっているのか? 自問自答しながら聴いていました。 多くの方が、自分の人生を輝かせる夢や目標を持てるといいなあ、と心から思いました。 ドリプラの報告は、あらためて書きます。

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プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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