エジプト向け石灰石焼成プラントの続きです。 入社して3年くらいたったある年の6月頃のこと、“今エジプトでプラント建設をやっているんだけど、3週間ほど行ってくれないか?”との指示・命令が下されました。 私が行って、どれだけ役に立つかわからないけれど、命令されれば行くしかありません。 “ハイ、わかりました”。
 
 しかし、それから、3年の長きにわたり、エジプト生活が始まるとはまったく予想していませんでした。 日本人は20人ほどしかいませんでしたので、1人抜けてしまうと、とたんに他の人に負担がかかります。 当然帰れるはずはありません。 3週間が3ヶ月になり、とうとう3年間になりました。
 
 1988年6月?に派遣され、その次の年の10月には、結婚を考えていましたが、これも延期しての滞在延長でした。
 
 カイロから南へ車で30分ほど行ったところにある、マーディーという町でフラットを借りて生活をしていました。 現場はさらに南へ30分行った、ハディソルブという鉄鋼会社でした。
 
 もちろん私が最年少でしたので、ほとんどの雑務をさせてもらいました。 一応、据え付け工事に駆り出された形でしたが、それ以外のいわゆるアコモデーション関係、管理業務関係を行っていました。
 輸入通関から、経理、銀行取引、給与支払い、契約マター、業者との取引契約、現地人雇用、宿舎でのお世話、旅行手配、・・・・・ もろもろです。 おかげで、海外の方々との交渉事などへの抵抗感は、払しょくされました。
 
 また、買い物や公共交通機関の利用など、現地の方々と一緒に生活をしていましたので、日本とは大きく違う、文化や生活習慣、価値観などを体験する面白さもこの時に知りました。
 
 現地で仕事をするうえで、一番お世話になったのは、エジプト人の奥さんをもらい、エジプトに住み着いて、会社経営をしている方でした。 もともと早稲田の探検隊員として、エジプトに入り、その魅力に取りつかれてしまった方で、旅行会社や人材派遣会社、貿易会社を経営されていました。 日本人の多く住むザマレクというところに会社があり、日本食品のスーパーもあり、その会社に行くのが楽しみでもありました。
 
 日本食コック、ドライバー、秘書も、その会社との契約で派遣をしてもらっていました。
 
 エジプトでの3年間の話は、これから当分続きます。
 
ところで、今エジプトが大変なことになっています。 大統領の退陣を求めて、大規模なデモが起こっています。 歴史上エジプトでは政権交代は、軍事クーデター等の力で奪取される事が多いと聞いていましたが、今回は、国民が立ち上がった形になっています。
エジプトの政治と経済が早く平穏な状態にもどってくれればと願っています。 また、いつか訪問したいと考えている愛着のある国ですから。
以上

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プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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