社員への手紙 その30

2011年4月 5日 07:00
            

 

今回は、平成16年4月1日に書いた4月度の手紙です。
拝啓
誠にのどかな春の良い季節となりました。今週末には、桜も見ごろになりそうです。
 今日から新しい年度に入るところも多いと思います。また、新年度にあわせて変わる制度も多くあります。私たちも気持ちを新たに、下半期(4月~9月)も頑張っていきましょう。
 
日向市の鉄工所3社でつくった共同受注ブループ、ひまわり工業会が人材育成事業の一環として行なうセミナーのご案内を致します。
5月14日(金)に日向市中央公民館で講演会を行ないます。東大阪から青木社長という方をお招きして「夢をもたなあかん!技術屋の力で町を元気に」という演題で講演をしてもらいます。東大阪は昔から「モノづくり」の町として有名な地域です。歯ブラシからロケットまで出来ないものはないといわれている製造業に関わる中小企業が集まった地区です。しかし、ここ数年苦しい状態が続き、多くの企業が倒産しています。また、若い人たちの製造業離れが起こり、働き手が少なくなってきています。講師の青木社長さんは、「こういう状況を変えて東大阪を元気な町にしたい。若者が夢をもてるようにしたい。」と考え、多くの人のアドバイスをもらいながら、「人工衛星をつくろう」と思いつきます。そして、たくさんの人の協力と応援をもらいながら、実現にむけて努力していらっしゃいます。中小企業の出来ることは限られています。しかし、大きな目標や夢を語り、多くの人々の賛同を得て、協力を頂くことで、自社のみならず地域も元気になるようなことが出来ます。
 
「一人では何も出来ない。しかし一人が始めなければ、何も始まらない。」という、ことわざがあります。一人が出来ることは限られています。また、「誰かがやってくれたら、自分もあとからついていく。」では、みんなが様子見、指示待ちになってしまいます。大事なことは勇気をもって「まず、自分がやってみる」「言い出しっぺになる」ということです。勇気を持って一歩踏み出すことで、自分も変わり、周りの環境も変わっていくものです。
 
私たちの毎日の仕事でも同じ事がいえます。長年続けている仕事のやり方の“いいところ”“悪いところ”に自ら気付き、自らが主体的に一つ一つ改善をしていくことが大事なことです。大きな目標を掲げ、具体的に計画を作っていくことで、課題もはっきりしますし、果たさなければいけない役割も見えてきます。「なぜ、黒字がでる体質にならないのか?」ということについて、会社全体からの視点でとらえまとめたものを作りました。このシートをたたき台にして、一人一人がやるべきことを考えていただきたいと思います。そして、「自分がやらなければ誰がやる」という気持ちで、取り組んでいけば、会社は格段に良くなっていきます。
 
4月1日は、創立記念日です。昭和44年4月に創業して依頼、35年間続いてきました。会長と共に数人で始めた会社が、現在61名の皆さんと共に働ける会社になりました。
「企業の寿命は30年」という説があります。会社も設立して30年経つと、社会の中で必要とされてきた会社の役割が変わってくる。時代に合わせ、意識を変え、仕事のやり方を変えていかなくてはいけない、ということだと思います。私たちも新しい「日向中島」を作るぐらいの気持ちで、新しくスタートをきっていかなくてはいけないと思います。
 
自らが動き、自分を変え、環境を変え、そして、会社を、地域を元気にしていきましょう。
             敬具
 
 昨日、クローズアップ現代で、“どう支える、被災地の子供たち”とテーマの番組を行っていました。 その中である女の子のいった言葉が心に残りました。 災害以来、生活を共にし、友達もいる “避難所を離れる覚悟はできている” とカメラの前でうつむいたまま語っていました。 災害によって、多くの人々との別れを経験し、この“覚悟”という言葉にこの子の傷ついたか心が洗われていたような気がしました。
 小学生のうちから、このような“覚悟”をしなくてはいけない彼女の人生が、この経験を糧に、強くたくましいものになる様に願わざるをえませんでした。

 以上です。

            

 

 4月1日におこなった創立記念行事と入社式について、報告をします。
 
 4月1日は、弊社の42回目の創立記念日でした。 そして、第43期の入社式でした。
ことしは、3月11日に、東北関東大震災が起こり、日本全体でも経済的にかなり厳しい状況が予想されたり、エネルギー問題に端を発して、経済構造自体の見直し、価値観の転換を図らなくてはいけない状況にあったりするなかでの、入社式でした。
 しかも、我が社の大卒定期採用のスタートです。
 
 5年後、10年後から見たときに、我が社にとっても大きな転換期だったと言える年になるだろうと思います。
 
 入社式でのご挨拶で、かなり厳しい事を言いました。 会社は42年が経過していますが、これから50年100年継続するためには、さらに大きく変化・成長をしていかなくてはいけません。 そのためには、意識の改革が必要です。
 
 いわゆるセルフイメージを高めていかなくてはいけません。 どうせ、我が社はこうだから・・・。 無理です、そんな力ありませんから・・・。 
 これらは、すべて自分達で作ったセルフイメージや見えない壁の前で立ち止まっているだけです。 思いこみ、勘違いの中で生きています。 自分で作った心理的リミットを外す作業をしていかなくてはいけないと思います。
 
そのために、違った価値観を持った多くの人を社員として迎えました。
 
 会社を承継してから10年が経過しました。 そして、次の10年で会社の幹部を育成したいと思っています。 この10年間で会社も大きく変わりました。 これまでの10年間は、社員の皆さんに多くの事を要求をしてきました。 会社として組織として当然守るべき事、基本的な事は何かということを、繰り返し語りかけてきました。
 
 しかし、これからは、自分で気付く社員さんが生まれてこなくてはいけないと思っています。 これからの10年で、社員さんの中から、我が社のかじ取りをする経営陣をたくさん輩出していきたいと思っています。 時間はあまり、残されていません。 10年間はあっという間です。 人がどんどん育つ社風にしていきましょう。  
 
 創立記念行事では、入社式での辞令交付のあとに、大嶋啓介さんの講演DVDを視聴して、レクリエーションを行いました。 
 その後に親和会で、バーベキューを行いました。 11;30にレクリエーションが終わってから、準備も含めて、12:00までに終わらせるようにしました。
 
 はじめは、”バーベキューといえば、アルコールがないとね。”、” アルコールを出すと、万が一乗って帰ったときに会社の責任になるぞ。”、” アルコールがでないと楽しくないし。” という意見があって、親和会の行事はやらない、という結論でした。 
 
 しかし、やる前から“できない理由”を考えることが癖になる事はいけないと思い、もう一度やることを前提に考えなおすようにお願いをしました。 バーベキューは、弁当のかわりと考えて、みんなで食事を共にする事に意味がある。
 みんなで準備をして、みんなで片づけをする。 1時間で終わらせる。 という条件で再度考えてもらいました。
 結局は親和会の皆さんの協力のおかげで、みんなで楽しくバーベキューをする事ができました。
 
 これは、社員さんの一言から、実現した事です。 社員さんの小学低学年のお子さんが、“バーベキューをする会社は元気なんだって” といったという話を聞いていました。
 「社員をバーベキューに行かせよう」という本の存在も知っていましたので、これを読んで、これは、良い機会だから、我が社もやろう!と考えたわけです。
 
 この本の内容は、またの機会に書きますが、経営にとって非常に参考になる内容です。 会社を“こうしたい”という思いを、どう実現していくか、とても勉強になりました そして、リーダーが熱い思いをもって、仕組をつくり、かじ取りをする事の大切さを同時に学び、共感しました。
 
 そして、我が社の創立記念行事と入社式が終わり、また新しい一歩が始まりました。
以上です。
 
            

 

 今回もエジプト編です。 “かみさん”との事を書きます。
 
 エジプトには、3年間いましたが、その間、6ヶ月は、かみさんを帯同しての滞在でした。 以前この欄に書いた事がありましたが、 エジプト出張を告げられた時に、実は結婚が決まっていました。
 ところが、エジプト出張で結婚式が延期になったために、次の一時帰国の時に、休暇を少し伸ばしてもらって、結婚式を挙げることになりました。 通常6ヶ月の勤務の後に、2週間の休暇がもらえる事になっていましたが、この時には、1ヶ月近く休暇を頂くことができました。 その間に結婚式、披露宴、新婚旅行をすませ、休暇の終了と同時に、“かみさん”を連れて、エジプトに戻ることにしました。 プロジェクトでは単身での出張が当たり前でしたので、特例でした。
 
 その当時、現地のアドミ役をやっていましたので、フラット(アパート)の契約なども、自分でできましたから、みんなの住処の近くに部屋を借りて、かみさんと6ヶ月間済みました。 アラビア語はもちろん英語もできない家内なのに、今思うとどういう生活をしていたんだろうと思います。 私が会社に行っている間、近くのスーパーで買い物をし、食事をつくって、私の帰りを待つ生活を続けていました。
 
 休みの日には、一緒に買い出しに出かけました。 車で30分くらいのところに、日本人が住んでいるザマレクという町があり、日本食材を置いているスーパーがありましたから、時々はそこまで、出かけました。
 また、休みの前日には、よくカジノにも出かけました。 ルーレットやスロットマシンなどで遊びました。 意外と“感のいい”かみさんは、一度スロットマシンで大当たりをして、ベルを鳴らした事がありました。 感と要領のよさは、誰に似たのか?
 
 また、休みの日には、観光地に行ったり、小旅行をしたりもしました。 休みの日に、良くテニスをしていた、伊藤忠商事の担当の方のベンツに乗せてもらい、ちかくのクラブに運動にも行っていました。 すこし、教え魔の“け”のある方で、かみさんも餌食になっていたようです。
 
 ある時、ピラミッドの隣のホテルに泊まった事がありました。 あまり泳ぎの得意でない?“かみさん”がプールでおぼれるというハプニングが起こりました。 これまた、泳ぎがあまり得意とはいえない私が、泳いで助けに行きました。 鼻血を出しながらの必死の泳ぎは、ゆったりとしたエジプトのリゾートホテルには、似つかわしくない光景だったかもしれません。
 
 これ以降も、いろいろな場所で色々な事がありましたが、地球の果てまで(?)ついてきてくれた“かみさん”です。 その適応力には、恐れ入ります。
本日は以上です。

あこがれ先生プロジェクト

2011年4月 2日 07:30
            

 

 先日、市内の中学校の校長先生とあこがれ先生プロジェクトに関して、話をしました。
 
 あこがれ先生プロジェクトというのは、中村文昭さんと大嶋啓介さんが始めたイベントです。
 
「全国には、頑張っている先生がたくさんいる事を知ってほしい。 先生同士がつながってお互いの良い部分を共有し、励まし合い、生徒と向き合っていく。 そんな先生方を地域や保護者や企業がサポートし、学校というところが子供たちにとって先生方にとって、そして地域にとって、もっと素敵なもっと楽しい場所にあるように・・・
1人でも多くの生徒が、先生になりたいという夢を持つようになれば・・・」
 という思いで発起人となり、全国にこのイベントの開催を呼び掛けています。
 
 ぜひ、日向市でも行いたいと思い、教育委員会や、中村文昭さんとつながりのあるかたに、声かけをしました。
 
 校長先生とも、行政・学校・産業界の立場を超えて、地域の課題に取り組まなければいけない、と大いに盛り上がりました。 さすがに校長先生は、視野が広く、本質的な事まで深く考えています。
今の社会の問題は、リーダーや管理者にあると言っていました。 現場の先生方は純粋な気持ちで子供たちに向かっているが、さまざまな問題に遭遇し、余裕をなくしているので、環境を整えてやることが管理者の仕事だ、とおっしゃっていました。
 さすがに、現場を抱えつつも、しっかり物事の本質をみていらっしゃるなあ、と思いました。
 
 そういう先生とお知り合いになれたのも、とっても嬉しい事ですし、これから一緒に活動をしていくことで、多くの学びを得られるだろうと思っています。
 
 「あこがれ先生プロジェクト」は、今年度中には行いたいと、動き始めました。 約1年間をかけて、丁寧に作っていきたいと思います。 元気ワクワクプロジェクトの皆さんとも、またわくわく、熱く燃える日々を楽しみながら、活動をできますように!
以上です。
 

創立記念日 & 入社式

2011年4月 1日 07:30
            

 

 本日は、我が社の創立記念日&入社式です。 
 
 昭和44年4月1日に創立して以来、丸42年が経過しました。
 
 会社の寿命は30年と言いますが、我が社は、成人男性でいうと、厄明けの年、42歳まで生き続ける事ができました。
 
 これから100年企業をめざすためには、ここらでもう一回脱皮をしなくてはいけないと思っています。
 
 次の世代に元気のいい、成長性のある、会社を渡していくために、また、新たなスタートをきりたいと思います。
 
 
本日は以上です。

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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