営業技術部 組織改革

2011年5月 6日 08:30
            

 

 5月1日から、営業技術部の組織改革をしました。
 
 これまで営業技術部の中にあった営業課と設計課を統合し、営業技術部全員で仕事を作り、仕事を取りに行くための体制作りです。 お客様との接点の少ない部門では、社内の事、自分の事ばかり考えるようになってしまいます。お客様や市場の事を見ずに、自分の都合ばかりを主張するようになってしまいます。 特に技術やテクニックを必要とされる部署では、そのこだわりを追求するあまり、何のためにその技術があるのか? 誰のおかげで自分の仕事があるのか? という根源的な問いは忘れがちです。
 
 仕事がある事が当然と考えるのではなく、もう一度、原点に戻り、お客様から何が必要とされているのか? お客様に我が社が必要とされるためには、私たちはどうあるべきなのかを考える機会としてもらいたいと考えています。
 
 そういう意識ができてきた後に、そのために、技術を磨く事を再度行えば、お客様に喜んで頂き、なくてはならない会社になると思います。
 
 それと並行して、設計の3DCAD化を検討しています。 2DCADは、製造のための設計思想や仕様の図面化です。 一方、3DCADは、使い方によっては、サプライチェーンを縦に結ぶ情報共有ツールになる可能性があると考えています。 しかし、3DCADを導入するためには、これまでの2DCADの作図テクニックを捨てなければいけない部分もありますので、技術者にとって、とても辛いことだと思います。
 
 日本人の細かい神経とものづくりに関する優秀さがあるゆえに、あたらしい技術への乗り移りが遅れる事を懸念しています。 手書きからCADに移った時もそうであったように、それぞれの技術の良いところ、悪いところがあり、古い技術に習熟している優秀な技術者ほど、移行が遅れる傾向があります。 世界の中で、ガラパゴスにならない様に、お客様のためになる技術かどうかとの見極めとイノベーションへの追従を行っていきたいと思います。
 
 ”転がる石にはコケはつかない。” 肯定的にとらえ、変化を厭わず、いつも新しい事に挑戦をしていく組織になりたい、と思います。

以上です。

            

 

 大震災の復興ボランティアとして、多くの方が被災地に入っています。 テレビではわからない部分をしっかり自分で体験をしてくる事に意味があると思います。 しかし、現地で活動するだけが支援ではありません。 自分のできる事をそれぞれが考えて実行していくことが大切です。
 
 動けば変わる! てんつくマン達の活動は、多くの事を教えてくれます。 もちろん、現地の様子も聴く事ができます。 現地に行くことができない人は、チャリティーイベントに参加してみるのも一つの支援のあり方かもしれません。 今週末に宮崎と鹿児島でイベントがあります。 以下にご案内します。
 
○●○●○●○●○
2011年5月7日(土)
『東日本大震災復興チャリティーイベント
 ~つながれ宮崎!つながれ日本!~
○●○●○●○●○
< 清武町文化会館・小ホール >
■出演:てんつくマン
■入場料:1500円
(限定250名・要予約)
★収益金はすべて、め組Japanに寄付いたします
 
18:00~20:00
『てんつくマン復興支援講演会』
 20:00~22:15
『宮崎復興支援活動報告』
22:15~22:30
『質問タイム』
 
■お申込み・問合せ:
チーム☆キセキのイケメンTel090-2514-8470 
 
■主催:チーム☆キセキのイケメン
 
○●○●○●○●○
5月8日(日)
め組JAPAN鹿児島チーム主催。『日本復興チャリティ・イベント』
○●○●○●○●○
かごしま県民交流センター県民ホールにて
 
★入場無料・支援金制
※募金箱の設置
前日までに支援金と交換でチケットを渡します。
当日チケットを持っている方は募金箱にチケットを入れて、
持ってない方は募金を入れて入場。
 
★12時~13時40分
てんつくマンによる書き下ろし(限定50名※時間次第で追加あり)
虹色紙:2500円
和紙:3000円
 
★13時開場
 
★14時開演~17時
・てんつくマン講演
・森源太ライブ♪
・岩下せいかライブ♪
・おかんライブ♪
 
★CD・書籍・支援グッズの販売もあります。
当日スタッフも募集中です。一緒に会場をもりあげるため、お手伝い下さると嬉しいです。
 
★主催:め組JAPAN鹿児島チーム
 
★お問い合わせ
みゆき 09084171951 p.s.miyuki.1394@docomo.ne.jp
 
以上です。
            

   昨日、宮崎に帰ってきました。

 
 3名の方は、引き続き今日までボランティア活動を続けています。 昨日は、民家で炊き出しをしたようです。 
 
 連休明けから、また肉巻おにぎりチームが炊き出しに出かけます。 資金とスタッフが不足しています。 我が社もできる範囲で支援を続けたいと思います。 また、知り合いの方々にも支援のお願いをしていきます。
 
 時間がたつにつれて、震災の記憶も薄れ、風化していきます。 しかし、復興に向けての道のりは険しく果てしなく続きます。 よそ事・他人事ではなく、自分の事・日本全体の事としてとらえて、できる事を続けていきたいと思います。
 
 現地で写した写真を掲載します。
以上です。

 

 

DSCF0198.JPGみやざき『食と人の支援』連合チーム号

 

 

DSCF0206.JPG

 移動中のサービスエリアにて

 

 

DSCF0208.JPG

南三陸の鉄骨建屋の残骸。

 

 

DSCF0209.JPG

ほとんどの建物は基礎を残すのみ。

 

 

DSCF0216.JPG炊き出しに行った名足保育園。

 

 

DSCF0220.JPG橋が落ち、う回路が作られている。

 

 

DSCF0224.JPG路肩には、延々と続く瓦礫の山。DSCF0228.JPG陸前高田の、災害の様子。

            

 

 みやざき『食と人の支援』連合チームにて、仙台に来ています。
 
 現地に来て、被災の現場を見、現地の方々の話を聴いて、本当に良かったと思います。 現地の方々のご苦労やボランティアスタッフの献身的な働きぶりをみる事ができましたし、災害復旧の現場をみて、その問題の多さを実感し、さまざまな事を考えさせられました。 そして、普及に向けての息の長い支援の必要性を感じました。
 
 昨日は、ボランティアリーダーの指示により、宮城の2カ所の避難所を回り、それから、岩手の高田ドライビングスクールに行ってきました。 
 
 まずは、仙台を9時に出て、志津川に向かいました。 南三陸町の志津川あるベイサイドアリーナに行く途中に南三陸町の町を通りましたが、報道であるとおりに、コンクリートや鉄骨の建屋の骨組みが残るだけ、あたり一面がれきの山で、津波の恐ろしさを目の当たりにしました。 自衛隊の働きによって、国道45号線は、う回路も含めるとなんとか車で行き来できるようになっていて、物資の配達もかなり行きとどくようになってきているようでした。 津波直後の状況からこの状態まで復旧するまでが如何に大変だったのかと想像されました。 これから、瓦礫の撤去と復興のための建設の事を思うと、かなりの時間の必要性と困難さが予想されます。
 
ベイサイドアリーナでは、ボランティアリーダーとお会いしました。 大きなテントの中で、情報の収集や指示に当たっていました。 ベイサイドアリーナの中には、多くの物資が積まれ、全ての通路には避難中の方々が、ダンボールで仕切りを作り、布団や毛布を持ち込み、生活をしていました。 プライベートもなく、将来の不安を抱えながらの避難所での長期にわたる生活が如何に大変なものか、感じ取れました。
 
 リーダーの指示で、2カ所の避難所(名足保育園と石浜集会所)を訪問しました。 南三陸町歌津の保育園と集会所でした。 保育園では70名、集会所では30名が生活をしているとの事でした。 すでに水道やガスは行き届き、野菜や果物などの食料品も含めた物資の供給はされているようで、冷凍をしてきている地鶏の湯煎は、自分達でできるとの事で、炊き出しをせず、配達だけをして失礼をしました。
 
 その後、13時30分頃、志津川を出て、陸前高田に向かいました。 陸前高田には、八木澤商店の河野社長さんがいらっしゃるので、無事なご様子を確認したいと思ってのことでした。 15時に、高田ドライビングスクールに到着しました。 途中陸前高田の山側を通りましたが、こちらの被害もひどく、かなり内陸まで津波の影響が及んでいる事がわかりました。 高田ドライビングスクールに到着すると、田村社長さんがいらっしゃって、ご挨拶をする事ができました。 役所や社協の多くの方が亡くなり、公共機関が機能しなくなっている中、スクールが避難所やボランティアセンターとして、果たしてきた役割や、同友会企業が雇用を守るために、奮闘をしている様子をお聞きしました。 会社や工場をすべてなくし、経営者同士が励まし合い、復興・再生を目指して頑張っていらっしゃる姿に、こちらが勇気づけられました。
 
 田村社長さんとお話をしていると、多くの経営者の方々が声を掛けてこられます。 いかにこのスクールが復興の要となり多くの方々と連携してきたかが、良くわかりました。
 そして、八木澤商店の河野会長と再会を果たす事ができました。 昨年、みやざき経営フォーラムの報告に日向まで足を運んで頂いて以来ですから、無事だったことは、同友会からの情報でわかっていましたが、その元気な姿を拝見し、涙があふれました。 再開できた事が、うれしくて、うれしくて、とにかく無事でよかった。
 
息子さんや奥さんとともに、言葉を交わす田村社長や、息子さんに経営を譲り、息子さんの奮闘ぶりを嬉しそうにお話しされる河野会長の姿を見て、復興にむけて動き出している経営者の力強さを感じました。
 
 とても短い時間でしたが、本当に様々な事を感じ、学んだ3日でした。 また、必ずこの地を訪れたいと思います。 本日、一足先に宮崎に帰ります。
以上です。
            

 

 昨日は、宮城での炊き出しのために、宮崎から仙台へ移動をしました。
 
 9時20分の飛行機で宮崎を出発、11時に羽田空港に到着した後、レンタカーを借りて、仙台市に向けて出発をしました。 レンタカーを借りて羽田空港を出発したのが、12時、360kmを走破し、仙台に到着したのが18時でした。3名の運転手がいましたので、100kmごとに交代をして、3回の休みを取りました。
 
 東北自動車道仙台南ICを降りて、仙台市内に向かう道すがら、街並みを見ながら移動をしましたが、仙台市内は、思ったより被害が少ない印象を受けました、ところどころにあるブルーシートで屋根を覆った家、陥没し立ち入りが制限されている道以外には、表面的には平静さを取り戻している印象でした。 
 
 高速道路や4号線には多くの車が走っていましたし、ホテルのすぐ横にある新幹線や在来線通常と変わらず列車が走っていました。 小売店やコンビニには、多くの商品が並び、多くのお客さんも見られました。 多くの人が東北に目を向けて、復興に向けて動き出している印象でした。
 
 しかし、もっと沿岸部の被災地は、大変な生活をしている方々が大勢いるのだろうと思います。
 今日は、石巻の小さな避難所を回る予定です。 石巻は、日向・門川・延岡を合わせたより少し多い人口の市ですが、2900人余りの方が無くなり、また、2800人弱の方が行方不明になっています。 そして、1万人を超える方々が避難所生活を余儀なくされています。 多くの支援の方々が入っているなかではありますが、私たちもできる事をしてきたいと思います。 傍観者や評論家にならないように、現地で動き、感じ、考えてきたいと思っています。
以上です。

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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