自分史(その36)

2011年6月19日 08:30
            

 

 私の宇部興産での最後の仕事は、インドネシアのセメントプラントの据付・試運転です。
 インドネシアのセメントプラントに、当時世界最大級の原料ミルが据え付けられました。 その原料セクションの担当として、インドネシア・カリマンタン島に行くことになりました。
 
 実は、その時会社を辞める意向を上司に伝えていました。 父から、鉄工所の仕事を手伝って欲しいと言われ、宮崎に帰る意志を固めていました。 しかし、このインドネシアのプラントがコミッショニングに差し掛かり、人が足りず、これまでの実績を買われて(?)、現地赴任の要請があり、半年間行くことになりました。 これまで、会社にいろいろとお世話になってきましたので、最後のご奉公(??)のつもりで、最後の仕事として現地に出張しました。
 
 セメントプラントが建設されるのは、これから発展をしていこうという途上国の、しかもインフラ整備から行わなくてはいけないかなりの田舎で行われる事がほとんどです。 住む場所を作るところから始まります。
 
 インドネシアのプラントは、カリマンタン島のジャングルの中に建設されました。 飛行機でジャカルタに入り、それからバリクパパンに入ります。 車で6時間走り、やっと現れるのが、建設現場とキャンプ、そして、その人たちのためにできた即席の小さな町。
 
山から石灰石を切り出し、破砕し、原料を調合し、焼成し、粉にし、袋詰めにし、港から出荷するところまで完結したプラントの建設です。 ジャングルを切り拓くところから始まったと思います。 途中オオトカゲと事故に合いそうになったという話もあったくらいです。
 
 工事完成から、試運転期間までは、トラブルの連続です。 モーター単独、無負荷試運転、連動運転、負荷運転、保証運転、ステージが進むごとに、想定していなかった事が数々起こります。 そのたびに一つ一つ解決をして、プラント全体がスムーズに流れ、連続して生産がおこなわれるところまで持っていくのですから、並大抵ではありません。
 
 日本から遠く離れた現地での工事ですから、足りない部品を送ってもらうのにも数週間かかる場合もあります。 お客様・コンサルは、外国人ですから、意志の疎通も簡単にはいきません。 様々な問題・課題を抱えプロジェクトは進んで行きます。 しかし、そこに大きな学びと成長の種がある事は間違いないと言えます。

本日はここまで。

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プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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