志 ~こころざし~ 日向中島鉄工所 社長ブログ

愛読している月刊誌

2010年9月15日 06:30
            

 

水曜日は、本の紹介です。
次世代リーダー育成塾“こころざし”の9月の課題図書は、お休みです。とっても残念です。この課題図書は、忙しくても苦しくても、継続をして欲しいですね。自分が選ぶ本だけではなくて、人から与えられた本を読むというのは、とっても刺激になります。普段はたぶん読むことの無いであろう本を読んで、その所感をまとめる作業はとっても勉強になるだけに、今月は何かものたりない気分です。
 
今週は、毎月愛読している月刊誌を紹介します。致知、日経トップリーダー、戦略経営者、盛和塾機関紙等がありますが、その中で一番気に入っているのは、致知です。人間学を学ぶ月刊誌というタイトルが付いている雑誌です。本屋には置いていません。毎月とっても読み応えのある記事が掲載されています。様々な人生を歩んできた先輩諸氏の生き様がにじみ出る内容です。対談形式の記事の中での見識をもった方々の深めあいや気付き合い、あるいはインタビューに答えてのお話しは、一言一言が胸に迫ってきます。経営者の方に致知の愛読者も多く、この雑誌の事で話が盛り上がる事もしばしばです。
 
10月号は、「一生青春、一生修養」というテーマでした。その中に「経営者よ、野生のエネルギーを取り戻せ」という対談があります。今の経営者に欠けているもの、これからの経営者に求められる生き方についてのメッセージが記載されていますので、一部紹介します。『リーダーには人を感動させる力、人の心を奮い立たせて目標まで率いて行く統率力が必要なんです。そういう力は、リーダーが熱情を持って夢を語り、自分達の仕事の意味や価値や素晴らしさ、すごさを語ることろからしか出てきません。感動というのは、「感即動」、感じる事は即ち動く事。感じさせる事が動かすことなんです。だから感性が鈍い人間が人の上に立つ事は許されないんです。』 まさに1年9ヶ月という間に時代を動かす傑物を生み出した松下村塾の吉田松陰みたいな人物の事でしょうか。
 
リーダーに必要な10カ条というものも書かれています。あまり長くなるといけませんので、ここでは詳細は省きます。改めてリーダーとなるために学ぶべき事の多さを痛感します。
以上

社員への手紙 その1

2010年9月14日 06:36
            

 

 平成13年11月1日に書いた、第1回の“社員への手紙”を掲載します。 社長就任後、初めての経営方針発表大会を行った直後に“社員への手紙”を始めています。10年前も今と同じ事を言っていますね。(^^)
 
拝啓 
 10月1日から、我が社の新しい年度が始まりました。
 日向中島鉄工所が34期、ユウ・エス・シーが12期を迎えます。年度が改まり新しくスタートするにあたり、今月から皆さんに、手紙をお届けします。毎月その時々に私が感じたり考えたりしていることを文章にして読んで頂きたいと思います。
 
 先日は、経営方針発表大会を行いました。
 みんなの共通の目標を作り、どういう会社でありたいかを文章にまとめて、30分の時間を頂いて発表しました。まだまだ考えていることを、実行できずにいることがたくさんありますが、会社の現状や私の考えていることを出来る限りオープンにして、みなさんに考えてもらうことから始めたいと思います。
  みんなが、考えていることや思っていることを口に出して言い、会社や仕事に対する考え方をぶつけ合うことが大事だと思います。そして同じ気持ちで会社が良くなるように力を合わせることができると最高です。お互いに一歩踏み込んで関わりあいましょう。本音で意見を口にしましょう。悪いことは注意し合いましょう。良いことは進んでアドバイスし合いましょう。
自分の会社が、良くなって欲しいと思わない社員はいないはずです。一人一人は、本当に良く考えています。ただ残念なのは、みんなが自分のやり方、考え方、行動パターンを変えようとはしていません。もう少し積極的に関わっていき、変えるべきところは、変えていきましょう。
 
 まずは、自分もいろいろと変わらないといけないなと思っています。会社生活だけでなく、自分の人生を豊にするために、いろんなことに挑戦していきたいと思います。皆さんも自分の夢や目標をはっきりと描いて、挑戦してください。
 
最後に、繰り返しになりますが、もう一度どういう会社にしたいかを書きます。
1)いいことは、誰に言われても、すぐやる。
2)決めたことは守る。
3)基本動作(挨拶・礼儀・規律・清掃・笑顔・・・)が徹底できている。
4)いつも「なぜ」を考える。(知恵を出す)         
敬具

私の夢

2010年9月13日 06:22
            

 

 今日は、夢について書きます。何のために経営しているの? 何のために生きているの? 自分は何がしたいのか? と時々考える事があります。 漠然とですが、幕末の志士たちを育てた吉田松陰さんみたいに、若者たちを奮い立たせることができる人間になりたい、と思っています。こじんまりと小さくまとまらず、世界に羽ばたいていくような人を輩出するような塾を日向につくる事が夢です。1人ひとりの心の持ち方で、人財は草深い山村からでも育つものであるとして「草もう論」唱え、人材の育成に取り組んだ「松下村塾」のイメージです。吉田松陰師は、教育は人間として生きる道を学ぶことであり、死生観を持つ事であると言っています。ほんの1年余りの間に自身が主宰した塾から、明治維新という新しい時代を拓いていった人材を輩出したことは、驚嘆すべき事です。
 
 私が小学校の頃、日向に雄飛塾というものがありました。この塾は学習塾で、有名中学校を受験する小学生を教える塾でした。やっていたのは受験勉強だったかもしれませんが、一緒に通う友達に刺激を受けながら、懸命の努力をしていた事は間違いありません。30年以上が経過した今、その塾に通っていた人の中で地元で活躍している方が多くいらっしゃるのを驚いています。
 
 なるべく早い時期に、高い志や使命感に燃えて活躍した先人の生き方に触れる事が大事だと思います。礼儀や規律を身につけ、基礎となる考え方を徹底して習得する事が不可欠だと思っています。そういう事を指導できる人になりたいと常日頃から考えています。
 
 実際にそういうことを行っている方がいらっしゃいます。かってに師匠と呼ばせて頂いている、中村文昭さんの師匠、田端利久さんです。実は、まだお会いした事はなく、DVDで講演を聴かせて頂いただけですが、この方こそ、まさに現代の吉田松陰ではないか?と思っています。私財をなげうって阿蘇に修養道場を作ってしまうその思いと志の高さは、素晴らしい方です。
 
 世の中には、素晴らしい方が大勢いらっしゃいます。こういう方々の存在を知るだけで、とても励まされ、勇気づけられます。
 日向の吉田松陰になりたいな。             以上
            

 

 私は、鹿児島生まれの宮崎育ちです。父は鹿児島の串木野の出身、母は鹿児島の東市来の出身で、私も鹿児島生まれです。2歳の時に父の勤務地であった延岡に移ってきたそうです。小さい時、学校の長期の休みには、よく父や母の実家に遊びに行っていました。とても仲良遊んでくれた従兄弟達もいるので、夏休みに行くのがとっても楽しみでした。なぜか当時は、日向の町中に住んでいたせいか、宮崎に住んでいながら、自然豊かな田舎に行く感覚でした。
 
 お盆の時期には、提灯を竹ざおにいくつもぶら下げて、お墓に持って行って、何時間もお墓にいました。花火をして遊んでいた記憶があります。
 父方の祖父は、金山で有名な串木野の鉱山技師だったと聞いています。わりと裕福な家庭だったらしく、庭付きの大きな家に住んでいました。五反田川沿いにあったと思います。大きな土間とお風呂と川に面した縁側が印象に残っています。
 
 その祖父が、終戦によって関東の勤め先から串木野の自宅へ向けて汽車で移動中に機銃掃射にあい、串木野駅の手前で命を落とします。父が13歳の時だったといいます。いい家にお嫁に来たはずの祖母とまだ13歳だった父の苦労がその時から始まります。祖母は女手一つで、父を筆頭にまだ生まれたばかりだった女の子も含めて6人の子供を育てます。
 
父は延岡で鉄工所をしていたおじさんを訪ねて働きにでます。中島助市というおじさんが経営していた中島鉄工所は、かなり大きく事業を行っていたらしく、旭化成さんのメンテナンスや、橋梁、国鉄の仕事もやっていたようです。実は、今山大師に建立されている高さ17mもある日本一の弘法大師像は、その中島鉄工所が延岡港から大八車まで運搬し、設置したと聞いています。また、当時の中島鉄工所で働いていたという方で、現在も同じ業界で活躍している方も多くいらっしゃいます。
 
 なぜ、社長は島原という性なのに、御社は「日向中島鉄工所」っていうの?と良く聞かれますが、それは、創業者である父が延岡の中島鉄工所で働いていたという事が関係しています。
 今日はここまで・・・
続く 

植松さんの話を聴きに来て

2010年9月11日 06:57
            

 私が今一番、この人はすごい!と思っているのは、北海道でロケット開発をしている植松電機の専務植松努さんです。いちから自分達の力でやろうとしています。ロケットエンジンでさえ北大の先生と一緒に開発しました。植松さんはいいます。現代人は、お金でなんでも買えると思っている。逆にいうとお金がないと何もできないと思っている。お金がない事をできない理由にしている。全ての物は、誰かが材料を加工して一から創り出しているのに。自分で考えて、自分が失敗して創り出すのではなく、だれかが考えたものをお金で買おうとしている。といいます。楽をしてはいけない、苦労をする中、努力する中に「面白い」所を見つける、すなわち楽しむことだ、と言います。「楽」「楽しみ」、文字は同じだけど、「楽」のなかに「楽しみ」はない。と言われています。 

 植松さんがなぜロケット開発をやっているのか?
 この世の中から「どうせ無理・・・」という言葉をなくしたいからだ、といいます。今の世の中がおかしくなっているのや、日本のものづくりの調子が悪くなっているのは、夢を持てなくなってきているからだ、と植松さんはいいます。夢を語ると、“そんな夢みたいなことを言ってないで、現実をみなさい”、夢を語れなくなった人は、人の夢も否定しようとする。人の夢を否定できない内気な人は、自分を否定するようになる。“どうせ自分にできるわけない。そうせ無理・・・”。できないかどうか、やってみなければわからないのに。失敗する事は悪い事、知らない事は恥ずかしい事と教えられているから、挑戦しない。「どうせ無理」ではなく、「こうやってみたら」と考えようよ!と、言う事をつたえていくために、ロケット開発をやって、日本中で講演やロケット教室をやっています。
 
植松さんの講演をこれまで3回聞きました。そして、ロケット教室にも参加しました。とても感動します。ぜひ、日向に植松さんの講演を聞きにきてください。
 これまで、夢は一つしか持ってはいけないんだと思っていました。いろいろなことに手を出し過ぎるとどれも中途半端になると思っていました。でも夢はいくつ持ってもいい事に気づかせてもらいました。どれも一生懸命、あきらめずにやり続ければいいんだ、と考えるようになりました。
 たった一度の人生、やりたい事を本気でやっていかなくちゃ、という気にさせる植松さんの講演は、11月1日日向市文化交流センターで行われます。入場無料(ただし整理券要、ご連絡頂ければいくらでも差し上げます)          以上

プロフィール

島原俊英

名前: 島原 俊英
(しまはら としひで)
年齢: 1962年11月23日生まれ(47歳)
家族: 妻、息子、リーフ(ミニチュアダックス)
趣味: スポーツ全般 & 読書
特技: 少林寺拳法 3段

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